日能研関東について
創業以来、小学生のみに向き合ってきた日能研関東。
中学受験という選択肢を世に提示し、
その魅力を伝えてきました。
自ら考え、挑戦し、可能性を広げたいあなたを
私たちは待っています。
数字で見る日能研関東
※2025年10月現在私たちの歩み
1968年:たった一人での船出
創業者の小嶋勇が一念発起して個人経営学習塾 「日吉英数学園」を起業。当時の生徒はわずか3人。日能研関東の始まりはとても小さな塾でした。
1973年:始まりの日
株式会社日本能率進学研究会(現在の株式会社日能研)の創業者である故・高木知巳先生と出会い、塾運営にかける想いで意気投合した二人は、同じ理念のもとで事業発展していくことを誓います。1973年4月2日。「日吉英数学園」は「株式会社日吉能率進学教室」へと社名を変え、現日能研関東を創業しました。

1983年:神奈川県から東京都へ
たまプラーザ・登戸と、神奈川県下への出店を経て、4番目となる調布校開校を皮切りに東京へ進出。それまでの神奈川のローカル塾「ノーリツ(塾名の通称)」が首都圏を視野に展開をはじめます。バブル景気だったこともあり中学受験をする家庭が増え、教室はすぐに満杯状態に。塾や模試での「日能研」の名称も徐々に浸透します。

1992年:埼玉県の中学受験開花
1992年所沢校・南浦和校開校、翌1993年川越校・大宮校と次々に開校。埼玉進出を加速させました。公立王国と言われる埼玉県ですが、当時私立中学校が続々と開校するタイミングと重なり、埼玉県の中学受験開拓の旗手を務めました。
2002年: “ゆとり教育”に提言
学習指導要領の大幅削減、いわゆる“ゆとり教育”に対して、「円周率3.14や台形面積の公式が教科書からなくなる」と具体例を挙げて、子どもたちの学力低下の懸念を世の中に訴えました。併せて独自の教育水準を掲げる私立中学に進学する意義を世の中に発信していきました。

2011年:大震災影響下の塾運営
原発の被災による首都圏の計画停電。子どもたちに懐中電灯を持参してもらい授業を実施。教室に満ちる子どもたちの元気や、保護者の皆さんからの「我々もできることは協力しますから」という応援に支えられながら、子どもたちとともに出口の見えない不安の時代を乗り越えました。
2020年:緊急事態宣言下の学び
コロナウイルスの広がりにより2020年3月の政府からの休校要請、4月の緊急事態宣言を受け、オンライン授業の環境整備に奔走。小中学校も休校を余儀なくされる状況下でも、受験は待ってくれません。その後翌年9月末まで各地で続いた緊急事態宣言下も、授業を提供できる喜びを胸に、会社一丸となって学びを止めることはありませんでした。
2023年: 次の50年に向けて
50年前に神奈川県日吉で産声をあげた日能研関東。当初わずか3人だった生徒も、今や常時1万人を超える子どもたちが通う、首都圏を代表する中学受験塾に成長しました。その道のりは決して平たんではなく、時に会社の存亡を問われるような危機も社員が力を合わせて乗り越えてきました。創業50年を迎え、心を新たにし、次の50年に向けて歩みはじめています。
